[レポート] ZUM WALROSS vol.17

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日時:2018年1月14日
会場:ARENA(下北沢、東京)

ZUM WALROSSを主催しているアツシ(ATS)と出会ったのは2002年12月、オーストラリアでの皆既日食 OUTBACK ECLIPSE FESTIVALのダンスフロアだ。

アウトバックというのはオーストラリア大陸のほぼ全域を占める不毛の荒野で、フェスティバルの会場としては恐らく最もハードな部類に入る。カラカラに乾燥した工事現場が見渡す限り、地の果てまで続いているようなものだ。まさにマッドマックスな世界だ。

容赦なく照りつける太陽と常に舞い続ける砂埃の中で、ほぼ1週間に渡ってキャンプ生活をしながら、それでも俺たちは踊り続ける。テントのファスナーは到着後1時間でぶっ壊れ、テントの中にまで砂埃が入り込む。鼻の穴も耳の穴も玉袋の裏側も、髪の毛の奥の奥まで砂だらけだ。

ダンスフロアでの踊り方を無理やり分けるとすれば、以下の2つになるだろう。とにかく長時間踊り続ける長距離走タイプと、その瞬間どこまで高く跳べるかに賭ける棒高跳びタイプだ。

そして皆既日食のようなインターナショナルなフェスティバルの会場には、延々と長距離走を走りながら、ときどきうおりゃ!と棒高跳びで跳びあがるようなハイブリッドかつフリーキーなFestival Tripperたちが地球上のあちこちから集結する。そんな仲間たちと一緒に踊るのが楽しくてしょうがない。

さて、アツシはといえば、奴は完全に長距離走タイプだ。少なくとも、出会った頃はそうだった。砂埃舞うアウトバックのダンスフロアで、あれ〜? もう誰も顔見知りいなくなっちゃったな〜、などと思いながら周囲を見渡すと、視界の隅に帽子を深々とかぶったままゆらゆらと揺れている男の姿が目に入る。他に誰も知り合いは見当たらず、仕方なく名前も知らないそいつに近づき声をかける。

「ずいぶんネバってるね〜〜」
「ネバってますよ〜」

フェスティバルの期間中、毎日夕方頃になると同じような会話が繰り返される。あいつ、まだネバってるのか! と内心で苦笑する。

OUTBACK ECLIPSE FESTIVALが終了すると、俺は一緒に旅をしていた3人の仲間たちとともに車で北上し、ウルル(エアーズロック)とカタ・ジュタ(オルガ山)を訪ね、進路を東に変えてバイロンベイへと向かった。

中古のステーションワゴンでTRIPするphoto by Akiko Suzuki

バイロンベイは、サーフカルチャーとヒッピーカルチャーが絶妙なバランスでミックスされたビーチタウンだ。周辺にはたくさんのサーフポイントが点在し、ロングでもショートでもポイントを選んで楽しめる。週によって開催場所が移動するウィークエンド・マーケットも人気だ。

ARTS FACTORY 』という、トラベラーには有名な宿泊施設があり、アツシは何人かの日本人と一緒にそこでテントを張っていた。そうだ、思い出した、そのときはミツルも一緒だった。

ミツルは『太陽と風のダンス』にも登場する、肩の後ろにサソリの刺青を入れた男だ。ゴアで出会ったときから、寝る前にエクスタシーを食べるという意味不明な男だった。とにかくバイロンベイでミツルと偶然再会し、一緒にビーチ沿いで立ち話をしているところでアツシとも再会した。ミツルは社交辞令を極度に嫌い、ガチなコミュニケーションを好む男だ。そのときも初対面のアツシにたいしてかなり厳しいことを言っていたのを覚えている。

その後、俺たちは何人かの大人数で、バイロンベイからニンビンへのショートトリップに出かけた。ミツルもアツシも一緒だった。ニンビンに到着し、みんなでキャンプ場の木陰に座り込んでUNOか何かをやっていると次第に日が暮れてきた。

「俺、今日晩飯つくりますよ!」

アツシはそう言い、キャンプ場備え付けのキッチンへとひとり消えていった。確かその場には少なくとも7〜8人いたはずで、それだけの人数分の晩飯をつくるとなると、例えそれが何であれかなり大変なはずだ。しかし誰も気にする様子もなく、ミツルも「ハイ! 俺ウノ♪」などと言って知らんぷりだ。

after eclipse australia

しばらくしてキッチンに様子を見にいってみると、アツシはパスタを茹でているところだった。背後からそっと様子を伺い、ま、なんとかなるだろ、がんばれ若者よ!と心の中で声を掛けつつ、俺はUNOの山に戻っていった。そのときのパスタが美味かったのかどうだったのか、いったい何パスタだったのか、今となってはすべて忘却の彼方だ。

アツシはその後ヨーロッパへ移動し、ドイツやスイスなどを拠点にして数年間暮らしていた。ちょうどその頃、俺は毎年夏になるとヨーロッパを訪れてFestival Tripを繰り返していたので、フェスティバル会場でもアツシとよく再会した。スイスでアツシが住んでいたシェアハウスに泊めてもらったこともあるし、別の年には住み込みで働いていた農園のトレーラーハウスに遊びに行ったこともある。

スイス、アツシの住むトレーラーハウス

スイス、ニーナと

2005年の夏、それまで毎年訪れていたヨーロッパではなく、俺はアメリカ大陸へ飛んだ。南米最大といわれるトランス・フェスティバルのTRANCENDANCE(ブラジル)やバーニングマン(米国)に行ってみたかったし、カストロが生きているうちにキューバにも行ったみてかったからだ。この旅の様子はDVD『太陽と風のダンス3』に納めたが、そういえばTRANCENDANCEもバーニングマンもシューと一緒の旅だった。

アツシとシューは年齢が近い。そもそも2人がどういう経緯で知り合ったのかは知らないが、年が近いだけにお互い意識し合う部分もあるのだろう。

2006年、俺はまたしてもヨーロッパを訪れた。そしてこの夏はずっと、アツシとシューと3人で旅を続けた。レンタカーを借り、パーティー会場からパーティー会場へと渡り歩く。まぎれもなくFestival Tripだ。

しかしこの夏、なぜか俺はあまり調子がよくなかった。とてつもなく暑い毎日が続き、正直言って移動するのも億劫だった。旅の最初のフェスティバルはSONICA FESTIVAL(イタリア)だったが、まず会場に辿り着いた直後に、出発地のスイスでまとめ買いしておいた美味しいチョコレートを、エントランス近くで待ち伏せしていたポリスによってすべて取り上げられた。ひと夏かけてゆっくりと味わおうと楽しみにしていたものだ。まさに幸先の悪いスタートだった。

そのうえとにかく暑く、音が鳴りはじめてからも斜面に張ったテント周辺でぐったりしているだけで、ダンスフロアにすらほとんど行かなかった。会場にはかつプロOutsid StudioのCHICO、そしてヘンタイカメラのAKIRAなんかもいてそれなりに楽しかったが、いつもの絶頂感とはほど遠いパーティーだった。

sonica2016

SONICAの映像はDVD『デラシネ03』に収録してある。前述したOutsid StudioのCHICOが撮影・編集したものだ。そして近いうちにかつプロが、得意の懐かしレポートを書いてくれることだろう。

さて、このような幕開けとなった2006年ヨーロッパの夏。その後も8月終わりのBOOM FESTIVAL(ポルトガル)まで、いくつものフェスティバルやパーティーに参加したはずだが、ほとんど記憶に残っていない。途中、ポルトガルのブッシュ・パーティーでアツシが人喰いアリに襲われたエピソードは忘れようもないが……。

boom2016

europe2016

夏も終わりに近づき、俺たちはスイスへ戻るためにハイウェイを走っていた。俺は後部座席でうとうとと昼寝中。運転していたのはシューだったか、アツシだったか……、とにかく前の席には2人が並んで座っていた。と、突然車が右へ左へ、大きく揺れる。なんだ! と驚いて起き上がると、前の席でアツシとシューが取っ組み合いの喧嘩をしていた。
あちゃー……( ̄(工) ̄)

おいおい、ゆっくり眠らせろよ……。それだけ言い残し、俺は再び夢の世界へTRIPしたが、しかし取っ組み合いの喧嘩を見るなんて久しぶりだ。しかも片方は運転中。相手がシューというのも驚きだ。なにせシューが頭にきて取り乱すような場面が想像つかない。

ということで、ようやく話は2018年1月14日の下北沢に舞い戻る。

ZUM WALROSSはアツシが主催するデイ・パーティーだ。名前の由来は聞いていないが、調べてみるとドイツ語で海 象(セイウチ)という意味のようだ。何か隠語でもあるのだろうか。まぁ、おそらくアツシがスイスで暮らしていたときに、友人たちと一緒にやっていたパーティーか何かの名前を引き継いだものだろう。とにかくそのZUM WALROSSでシューがライブを演る。伊豆から遠征だ。

アツシは不器用だ。少なくとも、実際より数レベルは不器用に見えるタイプだ。ニンビンでのパスタのときもそうだったが、頑張りどころが微妙にズレていて、そのためなかなか正当に評価されないタイプだ。なぜそんなことがわかるのかと言えば、俺も同じようなタイプだからだ。

もともと大阪 岸和田の出身で、日本に帰国してから数年は曳舟のあたりに住んでいた。2年ほど前に世田谷に引っ越し、今では俺のうちから歩いて2分ほどのところに住んでいる。ZUM WALROSS開催の2〜3日前に、偶然近所で顔を合わせた。深夜0時に近く、少し離れたところでコンビニの明かりが灯っていた。

アツシは数日後に迫ったパーティーにどれくらい人が集まるかを心配していた。そもそも仲間が集まれる場をつくりたいからパーティーをやってるだけで、集まる人の数は関係ない。そう思ってやってるんだけど、やっぱり何人来てくれるのかが気になると。

「俺にも承認欲求があるみたいなんですよ……」とアツシは少し困ったように言った。

ていうか……、普通だろ、それ。承認欲求くらい誰だってあるよ、お釈迦様じゃあるまいし!

しかしそんなこと気にする必要ゼロだ。とにかく日曜日の昼間から集まれる宴を開いてくれるだけでもありがたいし、そのお陰でシューもギターを弾けて、我々はその歌を聴くことが出来る。小さくても仲間が集まれる場を用意することは価値あることだし、みんな感謝してると思うぜ。

会場にはイサPCHUNも来たし、ラムダス本の訳者として知られる大島陽子さんもいた。ZUM WALROSSの常連でもあるRちゃんもKちゃんもいたし、冒頭に書いたアウトバック、バイロンベイ、ニンビンを巡る旅をともにしたマサ(三田正明も来ていた。

all photos below by Akira Nobe

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シューの出番は19時45分から1時間。今回はバンド編成ではなく弾き語りだ。個人的な感想を言えば、やっぱりシューのライブは弾き語りがいい。最もシンプルな形がいちばん伝わりやすい。2曲目(06:58〜)の『旅の歌』もこの弾き語りバージョンの方が好みだ。どこともわからぬ場所へと旅立つ前のワクワクした気持ちが湧いてくる。

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この日は子供と一緒だったので、とても名残惜しかったがシューのライブを聴き終えたあとすぐに店を出た。店にいたのはほんの2〜3時間だったが、それはきっと、この先何年も思い出してはReTripできるようなそんな時間だった。

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宇宙は果てしなく広く、その中を流れる時間は永遠だ。そんな無限の広がりに漂いながら、それでも俺たちは何度も出会い、別れ、そしてまた出会う。笑い、やってらんねえと愚痴をこぼし、ときには頭を下げ、誰かの歌を聴き、踊り、また笑う。間違いなく奇跡だったんだと胸を撫で下ろしながら、出会えてよかったと思うんだ。

そしてまた、旅に出るんだ。

 

 

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