夏のハンガリーで開催されるOzora Festivalは世界のベスト・トランス・フェスティバルのひとつだと言えるだろう。そのOzora Festivalのプロデューサーでもあり、会場となる土地の所有者でもあるDaniel Zimanyi氏が永眠された。
自分はOzora Festivalには参加したこともなく、Daniel氏とも面識はないが、サイケデリック・カルチャーに慣れ親しんだ者のひとりとして、故人のご冥福をお祈りする。
サイケデリック・カルチャー・サイトのTrancentralにDaniel氏の死去を追悼する記事が公開されている。以下にその記事の翻訳文と写真を掲載する。
~~~以下、記事の翻訳文~~~
とても悲しいことが起きた。伝説ともいえるOzora Festivalのプロデューサーであり、会場エリアの土地所有者でもあるDaniel Zimanyi氏が、2018年3月17日(土)に永眠したのだ。
Daniel Zimanyi氏の物語はまるでお伽噺のように輝いている。Daniel氏は、愛情をこめてダニバッシと呼ばれていたが、彼は1999年に彼の土地上空を横切った皆既日食によって選ばれ、未来を予見し、私たちのPsytranceカルチャーを信じ、サイケデリックなトランス・カルチャーに奉げられたフェスティバルの会場を創りあげたハンガリー人の農夫だ。そしてそのフェスティバルは確かに私たちのカルチャーの礎石となり、世界のあらゆる場所から集まってきたたくさんの人たちの人生に、本当にたくさんの素晴らしいギフトを与えてくれた。
Ozoraを皆既日食が通過し、それにあわせてSolipse Festivalが開催される前年の1998年には誰ひとりとして、Ozoraフェスティバルが、世界中からあらゆる年齢の人たちが数万人も集まってくるようなフェスティバルが、ダニエルの農場で20年後に存在しているとは想像すらできなかったはずだ。これは不思議な、けれども私たちのカルチャーにとてもぴったりとする物語だ。ダニエルは、このあり得そうもない物語を現実のものとした。だから私たちは感謝しているんだ。
私たちはOzoraファミリーに深い哀悼の意を表す。Daniel Zimanyi氏よ、安らかに。
以下に、Ozora Festivalからの公式メッセージを紹介する。
「私たちは深い悲しみに包まれています。ひとつの時代が終わったのです。Ozora Festivalのプロデューサーであり、会場周辺のエリアのオーナーでもあり、謙虚な農夫であり、遊牧の羊飼いであり、そして何より未来を見通すことの出来たDaniel Zimanyi氏が3月17日(土)に突然他界しました。
ダニバッシ、私たちは彼を親しみをこめてそう呼んでいましたが、彼と彼の見た地上の楽園のヴィジョンは、ハンガリーのゴア・サイトランス・シーンやオルタナティブな文化を形成するうえで、そしてそれらのまわりで花開くコミュニティーを形成するうえで大変重要な役割を果たしました。今や世界で最も素晴らしいサイケデリック・ミュージック・フェスティバルのひとつとなったOzora Festivalに命を吹き込み、世界中から集まった私たち愛と光のトライブたちを結び付けてひとつにしたのです。
彼は創造し続け、美しくし続け、そして最期まで私たちOzorianのオルタナティブなリアリティを大切にしてくれたのです。世界中から集まったこんなにもたくさんの人たちがsweethomeozoraと呼ぶ幸運に恵まれたことこそ、彼の偉大な遺産なのです。
私たちはとても喜んでいます。
彼と一緒に働けたこと、彼が与えてくれた知恵、仕事への強い倫理観や高い期待度、独特なユーモア、彼の瞳に見え隠れするやんちゃな輝き、動物や自然に対する愛情と敬意、私たちすべてに実現してくれた夢、そして私たちがそこで生きていくことが出来る夢、それらすべてに対して彼に感謝します。彼がいなければ、私たちの誰ひとりとして今の私たちであることは出来なかったでしょう。
彼はかつて、多くのハンガリーの民話に登場するヒーローはただのシンプルな羊飼いだと言っていましたが、今、まさに彼はそのようになりました。星のような瞳をした羊飼いの伝説となったのです。そして私たちは、かつて彼が愛情を込めて言っていたように、ずっと彼の無害なフラワー・チルドレンであり続けるでしょう。
私たちは大好きなダニバッシがいなくなって寂しいのです。私たちを楽園に迎え入れてくれてありがとう。あなたはその楽園で、私たちの心の中で、すべてのOzorianスピリットの欠片の中で、私たちの最大限の感謝とともに、これまでも今も、そしてこれからも生き続けるでしょう」
(出典:Trancentral)